2008年リタイヤメント生活に4年目だ!
春だ!クロカンシーズンだなぁ〜

2010年 4月   
2006年7月スペイン旅行の動画
4年前に行ったスペインでの日記はフライトを除いて書かなかった。
一ヶ月近くスペインにいたので思い出せなかったのだ。
思いで記録の為にYOU TUBEで残しておこうと思い、昔のテープを引っ張り出してみた。
ぼちぼち動画登録をしてみようと思います。
動画一覧。(2006年にあります)
4月3日(土曜日)由也君の結婚式
今日は畠山由也君の結婚式である。
3月始めに我家に招待状を持参してもらった。
マリーナホップの隣の結婚式場であった。
人前結婚式とかで宗教色はなくて皆さんの前で結婚を誓うと言う事だ。
たいして宗教心も無い日本人が結婚式はキリスト教で「アーメン」、子供が生まれてお宮参り
死ぬ時は「ナンマンダブ」でお寺さんに世話になるのであるが・・・・
無信心な日本人は、神さんや仏さんに申し訳ないことである。
若い人達が人前結婚式を選択するというのも清清しい。
ハート形のバルンにサインをして参加者もバルンをもらって全員で飛ばした。
雲ひとつない青空に色とりどりのバルンが舞い上がっていく様は美しかった。
披露宴も堅苦しくなく、スタッフも若い女性の演出であった。

 おめでとう!おしあわせに!   皆でバルーンを大空に・・・

 安芸府中高校の卒業生達と きれいになった娘達 不良おやじは大喜び!

あいさつは由也の高校のときの先生で一人のみに絞っていた。
由也は何を言っても良いと先生に許可していたので・・・・
「超格差結婚でありまして・・・・」(花嫁さんは京都大学薬学部大学院卒業なのである)
「由也は人間力のある男でして・・・・・」(人を動かすのは得意なのだ。)
(ホアンのお別れ会も先生に睨まれながらも、由也が中心となって60名から集めたのだった

挨拶のもう一人は花嫁さんの親友(亡くなってしまった)のご両親によるフルートと詩の朗読でした。

 おかさんへのコメント(出席者カードの裏に書いてあった) おとさんへのコメント

後はお決まりのケーキカットやお色直しやキャンドルサービスなど時間はゆったりとしたものでした。
安芸府中高校のホアンの同級生のコッシー、オーちゃん、タヤ、ホリケン、モットン、ホンティー
レイナ、スーヤ、エリカ、バタコ、たちがきていた。
ホアンが帰国して1年後に、彼らの卒業式にも私達は出席したのであった。
8年経った今でも、皆は(ホアンの)おとさん!おかさん!と私たちの事を呼んでくれる。
嫁さんは皆に「いつでも遊びに来てちょうだい!!」と呼びかけていた。
ゆっくり話して彼らの成長を確認してみたい物だ。
コッシーが大阪で商売(商事会社)を立ち上げたというので
心配だったのでずっと彼と話をした。
自分も商売をしていたので少しは役に立つことが言えないかと思って・・・・
コッシーはなかなかしっかりしていて、私が心配するまでも無く先を見通していた。
現実はなかなか厳しいことの連続のようだが、めげずにがんばっているようだ。

   

   

夜は粟谷明生先生のお稽古があるので2次会は遠慮して帰宅。
4月4日(日曜日)神の倉総会
パラグライダーの総会の後、神の倉公園の掃除をする。
来週は例年通り「桜まつり」が有るのである。
風は南風が8m/Sec吹いているので飛べないので安心して掃除が出来る。
昼過ぎ掃除が終わっても強風は収まらない。
とうとう5時過ぎまで待って、飛びたい病の連中5名とぶっ飛び1本果たす。
4月10日(土曜日)取りあえずトップラン
天気予報は木曜日は15時前後は晴れマークだったのだが
金曜日には一日曇りマークに変わってしまった。
木曜日には今年の神の倉クロカン草大会はキャンセルとなった。
今朝の自宅は青空が覗いており10時になっても雲が余り無いようなので
神の倉に出勤とする。10時半MLの東屋に到着。
久しぶりに木原さんも来ていた。
石田さん、斉藤さん、田原さん、川口さん、花野さんを誘って新たに山に上がる。
風は6m/Secが時々入り雲量も8割くらいになってきた。

川口さん一番手で出て緊急ランディングまで下がったが上手くサーマルをヒット。
石田さんもテイクオフし川口さんと一緒に上げ始めた。
みるみる上がって行きトップアウトを果たしテイクオフ上に帰ってきた。
私もテイクオフしたがサーマルに恵まれず、斉藤さんと同じ様にぶっ飛んでしまった。
もう一度荒谷山テイクオフに上がる。
相変わらず6m/Secが時々入って来るし、少し西成分もある。
条件が変わりそうに無い!皆さんは状況を確かめている。
自分は神の倉に移動しますと宣言。
やっと3名が同行して神の倉に移動。

到着すると本流南南西風で、テイクオフは正面ぽく入っている。
石田さんがグライダー広げていたが、私のほうが早く準備できた。
強い時は、4〜5m/Secは吹いているが弱い時を狙ってテイクオフ。
すぐに右尾根に張り付いて見たがさほどのリッジパワーがない。
左のコル(鞍部)に行くも下がりはしないが上がりきらない。
西成分があるなら、右尾根で高度を稼いで南の屏風にたどりつきたいものだ。
右尾根の木が揺れている。ぐいっと寄って行ってリッジで+50mあがる。
南の屏風を目指そうかと、行きかけるがコルを過ぎるといきなり20mばかり下がってしまう。
右尾根に急いで帰り、リッジで粘ってトップアウト。
石田さんは歯を食いしばって南の屏風を目指している。
コルを過ぎると下がって行き、稜線ギリギリくらいを揺らされながら進んでいる。
南の屏風手前の難所(強いローター域)で翻弄され、右に切って逃げようかと
悩んでいるのが手に取るように見える。
その難所を越えるといきなり吹き上げられて南屏風のリッジで遊べるのである。
4時間ばかりリッジで遊んだ人も数名いる。
しかし、南が強ければ強いほで難所は怖い所ととなる。
過去何機も叩き落とされている場所である。
石田さんは遂に難所越えを果たし南の屏風に張り付いた。
今日はは西成分も感じられるのでいける気がする。
3度目のチャレンジでコルを越えても下がらず、リーサイドサーマルが出ている。
強いが細くねじれている。南屏風にたどり着く前にリーサイドサーマルにのれた。
南屏風のリッジは左程でなく下がってしまいそうなのでもう一度テイクオフに帰る。
木原さんがテイクオフしてきた。すぐにトップアウトして一緒に飛ぶ。
アイコンタクトもとれて一緒に飛んでもフアンは無い。
その内リッジを外して中腹まで下がってしまった。
これでアイコンタクトをとらなくていいかと思っていると、スルスルと復活してきた。
山肌を磨きながらの復活であった。木原さんも新しい境地を見つけたようだ。
テイクオフ上空でサーマルヒットしクルクルまわして、+100mになった。
もう一度南屏風にたどり着く。
ハング一機、山本さん、松代さん、私の4機が南屏風を飛んでいる。
ハング(島根県から来ている夫婦の夫君)は上手な人でパラから離れた所を
飛んでいるがいつも高度を保ったいる。
南屏風のリッジより少し裏側から強いリーサイドサーマルが上がっているようだ。
リーサイドサーマルを利用しながらテイクオフに戻っていく。
先程まで5機ばかり飛んでいたが降ってしまったようだ。
トップランしようと近づくと勇さんがテイクオフしてきた。
藁科さんが模型グライダーを飛ばした。
テイクオフの上から「トップランしまーす」と声を掛ける。
桜の木の上を通ってふんわりトップラン。久しぶりのトップランだ。
キャノピーたたみかけて、ふと駐車場を見ると私の車が無い。
誰かがおろしてくれたのだ。回収する車は一台も無い。
トップランして車で下山すると言う私のパラ美学は果たされなかった。
もう一度テイクオフしてまっしぐらにおろす。
今日はとても飛べるとは思っていなかったのに一時間以上飛べてラッキーだった。
荒谷山の風速計は15時前後は8m/Secは吹いていたのである。
19時ごろまで山本さんのスイスクロカンフライトの話で盛り上がる。
私もいつかはヨーロッパアルプスの雄大な山を飛んでみたいものだ。
4月15日(木曜日) パッちゃん法律の授業も
タイのパッちゃんとスカイプで話をした。
今はタイのお正月でペッチャブリーの実家に帰っている。
6月までタイの大学は夏休みだそうだ。
長い休みなので、自分で選べる特別講義を受講できるそうで
パッちゃんは法律の講義を受けているそうだ。
これにはタイのお父さんも大喜びで「何か分からない事があったら
お父さんに聞いて!!」と嬉しそうである。
(お父さんは警察官なのだが大学の授業の事は分からないだろうなあ)

バンコクは赤シャツ隊で大変なようだ。(もう一方は黄色シャツ隊)
大学のスクールカラーはピンクなので学生はピンクを着る様にと
大学からお達しが出たようだ。
しかし、学内はいろいろなカラーシャツが入り乱れているようだ。
赤は国の色、黄色は国王の色なんだそうだが今回は国王もだんまりを決め込んでいる。
私が若い頃は激しい学生運動や労働争議があった。
韓国でも10年ぐらい前にもあった。タイでも数年前から続いている。
国によって少しかたちは違うが、避けられない社会発展の法則なのであろうか?
中国もそのうちそうなるのであろうか?ちょっと不気味な気がする。

パッちゃんに旅費を送ろうと何度かチャレンジしたのだがその度に戻ってくる。
銀行名が少し違ったり、BANKSと書いたら「S」は不要だったり!
(パッちゃんの連絡ミスなのだが・・・)
送金料やらマネーチェンジ料やら組み戻し料やらで25,000円も使ったので
送金を諦めてしまった。(小さなミスでも絶対に容赦なく跳ねられてしまう)
パッちゃんは自分のミスなので「ごめんなさい!ごめんなさい!」と泣いていた。
その内タイに行って渡してやろうと思う。
4月16日(金曜日) スーちゃんからバースデイカード
スリランカのスーちゃんからバースデイカードが届いた。
ランプが灯って「ハッピーバースデイ」のメロディーが流れる。
漢字も使って一生懸命の手紙も添えられていた。
昨年は日本への留学の為一年飛び級で大学試験受けたのだが
3点ほど点数が足りず希望の大学には入れず浪人した。
今年の8月に入試があるので今は猛勉強中のようだ。
1歳下の妹も入試なので絶対落ちるわけには行かないようだ。

スリランカに帰る時にスーちゃんにも宿題を出しておいた。
日本で経験した事で「スリランカに是非持って帰りたい」考え方や習慣。
スリランカの若者達に是非伝えたい日本のことなど等・・・・
未だ書き送ってくれてなかったが忘れてはいなかった。
大学に入ってからその内書き送ってくれるだろう。
楽しみな事だ!やっぱり娘はいいなあ!!

 バースデイカード右ページが光ってメロディーが聞こえる 

 
4月17日(土曜日)クロカン大会
天気予報は北西の風で5〜6m/Secである。久しぶりの青空である。
明日は宮島の厳島神社の桃花祭でお能が奉納される。
「小鍛冶」の地謡を我々が勤めることになっている。
重要文化財の能舞台の板張りに一時間半ばかり座っていなければならない。
足をくじいたりは出来ない。
今日は日本選手権の広島選考会である。
クロカン大会でゴールは福山の芦田川(60Km)と決定。
私はクロカンに出かけられないのでテイクオフの撮影に達した。
第一陣は海抜1500mばかり揚げて雲底に付け豊栄方面に走った。
第二陣も頑張って雲邸につけている。
全員がテイクオフしてから私もテイクオフ。
見事ぶっ飛んでしまった。
向原に下りた増山さんと小田さんをピックアップして、リフライトするもぶっ飛ぶ!
16時半もう一度、指江さん、井口さん、斉藤さん、花野さん、甲斐さんと神の倉に上がる。
私の車しかないので、「私が失敗したら誰かトップランして車を降ろして」とお願いする。
強風でお天気が良く夕方風が落ちるとアーベントなるという神の倉マジックになった。
小一時間飛んで、トップラン敢行!
テイクオフのリッジ風がきつくて、近づくと2mばかり吹き上げられる。
低く入ろうと翼端降りしたりしていると指江さんから「私の車で上がりますので無理しないで・・・」
と無線が入る。「もう少し風が落ちるまで待ちます」と返事。
指江さんが沖のほうでレベル以下になってきたので6回目のチャレンジ。
今度はあまり吹き上げられる事もなくふんわりトップラン。
今日は私のパラ美学完成だったので、ぶっ飛び二本は忘れよう!
本日の一番は藁科さん。芦田川手前5Km(55Km)であった。
他の人は豊栄近辺であった。

テイクオフ動画
http://www.youtube.com/watch?v=mEu5VTwkqwo
4月17日(土曜日)藁科さんフライトログ
藁科さんから芦田川へのフライトログをもらいました。
今年初めての神の倉のビッグフライトでした。

warasina_10_4_17.gdb

4月18日(日曜日) 厳島神社桃花祭御神能
人間国宝の能楽師、故粟谷菊生先生のお声掛かりで厳島神社桃花祭の御神能に
毎年参加させて頂くようになってかれこれ15年になる。
最初は段取りが分からず裃や長袴に戸惑ったものだ。
最近は何とか慣れたが、今度は物覚えが悪くなって全部覚え切れない。
今年の演目は「小鍛冶」である。一時間弱であったので膝も頑張る事が出来た。
広島明生会(故粟谷菊生先生のご長男の明生先生の会)も若手が2名増えて
力強くなり、明生先生もご満悦である。
板の間に一時間以上座る事が出来るのは後何年であろうか?
頑張れるだけお勤めしたい物だ。
嫁さんは毎年付き合ってくれて動画を撮ってくれている。
例年の如く、今年もアナゴ飯を皆で食べて解散。

今日の動画(演目は「小鍛冶」

http://www.youtube.com/watch?v=X9-Wly_HNbw

   舞台裏側にて(粟谷明生先生に撮ってもらった 楽屋にて記念写真

過去の厳島神社桃花祭の御神能のHP
http://furyou-o.hp.infoseek.co.jp/02_04_gatu.htm#02_04_18

http://furyou-o.hp.infoseek.co.jp/04_4_gatu.htm#04_04_17

http://furyou-o.hp.infoseek.co.jp/08_4_gatu.htm#08_04_18

../inagakiita/09_4_gatu.htm#09_4_18
4月24日(土曜日)神の倉道普請・2時間フライト
今日は神の倉山頂からテイクオフに行く道がだいぶ痛んでしまったので
穴を生コンでふさぐ工事をする事になった。
以前100万円掛けてアスファルト簡易舗装をしたのであるが少し痛んできたのである。
地森さんが生コン車を手配してくれ、14時頃終了。
明日は日曜日で登山者も多いと思うが足跡が付かない事を願うばかりだ。
鹿の足跡は沢山付くだろうが滑り止めと考えれば、良いとするか・・・

14時半、花野さんとテイクオフしたが鉄塔レベルに達せずぶっ飛んでしまった。
花野号でテイクオフに上げてもらった。
7機ばかりがトップアウトしている。
練習生の木原さんや川原さんも頑張って飛んでいる。
午前中は強風で荒れていたが風が収まって、本日も神の倉マジックになったようだ。
アーベント状態で北風のリッジという条件で+100mばかりだが下がらず飛んでいられる。
日差しも出ているのでリフトはずっと続いて18時過ぎまで飛んでいた。
指江さんと二人だけ残って、指江さんはヘアピンカーブ出粘っている。
私はテイクオフ上空に行き、北風のトップランが出来るか様子を見る。
北斜面に近づくと2mばかり吹き上げられる。
ローター域に入ると叩き落されそうなので、低くはアプローチできない。
10回ばかりアプローチして、ロター域を調査した。
以前やったように南からのアプローチが安全な感じだ。
2時間ばかり飛んだのでまあ良いとするか・・・
4月25日(日曜日)世羅西黒川の「正夢の里」クロカン
今日はクロカンデイで皆さん北へ東へと飛んでいった。
私もフラフラと風任せで世羅西黒川の「花夢の里」まで飛んだ。
(フライトログは次ページ)
田んぼにふんわりランディングしてキャノピーを片付けていると
軽トラに乗った二人のおやじが寄ってきて声を掛けてくれた。
「何処から飛んだの?」「神の倉から飛んできました」
「近くの山から飛んだと思っていた。そんなに遠くまで飛べるの!!」
ここぞとばかりパラグライダーの説明に力を入れる。
「どうやって帰るの?」「バスがあればそれで、なければ夕方仲間に
迎えに来てもらいます。」
「送ってあげようか?」「あっありがとうございます!」と伏し拝む!
でかいパラグライダーを背負って、色眼鏡とハンチングのあやしいおやじは
ヒッチハイクしようと、いくら親指立てても誰もとまる筈もない事は実証積みである。
「ちょっと待ってなさい」と乗用車を取りに帰った模様。
車の中でパラは私が50歳から始めた事やどうやって飛んでいくのか等話をする。
送ってくださった人は畠黒さんと言う方で、仕事は電気工事関係で
「中電の仕事で神の倉にも行ったことがある」とおっしゃっていた。
「神の倉まで送ってくださるのであれば、私が飛び立つのを見てください」と
お願いしたら快く了解していただいた。
風は南風に変わったはずだが、誰かテイクオフにいるかな?と思いつつ
頂上に車を置いてテイクオフに歩いてゆく。
準備していると田原さんが指江さん、花野さんを連れて上がって来た。
おお!これでテイクオフが三人分は見てもらえる。
畠黒さんにパラの名刺を渡してメール下さいとお願いする。
リッジ風は南風だが良いのが入っており、テイクオフ前で
畠黒さんにパフォーマンスを見ていただいた。
帰途、田原さんが畠黒さんを車で頂上に上げてあげたとき、「畠黒さんが
良いものを見たと喜んでました」とランディング場で報告してもらった。
良かった良かった!!

畠黒さんは17年前から太鼓をやっておられるそうだ。
今は「せらにし飛龍太鼓」の会長を務められており、今日も福山に太鼓を
叩きに行ってたそうだ。
4月29日には私がランディングしたすぐそばの「花夢の里」で11時から
太鼓の演奏するそうです。

チャンスがあれば是非聞きに行ってください。
「花夢の里」は上空から見たら菜の花と芝桜が綺麗でした。


夜、早速畠黒さんから嬉しいメールを頂きました。

今日は突然の不思議な出会いありがとうございました。
なんか初めてお会いしたような気がしなくて。
素晴らしいテイクオフやフライト拝見できましたし、
ホームページにもお邪魔しました。
家族も今日の話楽しそうに聞いてました。
29日の花夢の里での太鼓演奏会のMCはこれで決まり。
またお会いできることを楽しみにしてます。
気をつけてフライトエンジョイなさって下さい。

そして、「29日天気が良くて「花夢の里」まで飛べたらそこに下ろしたいものですね」
と返事したら早速!!

花夢の里太鼓演奏は29日11時からです。支配人さんに、着陸許可をいただきました。
菜の花畑の真ん中に良いポイントがあるそうです。
後は良い風が応援してくれたらいいですね。 と返事を貰った。
29日誰かクロカンしたら、「花夢の里」上空で旋回してパフォーマンスしてください。
降ろせるなら、話が通っているので降ろしてもいいですが、ちょっと狭い気がしました。


クロスカントリーフライトの喜びは大空を自由に飛びまわれる楽しさであるが
とりわけランディングして地元の人との交流が至福の一時である。
ましてや今日のように親切な方に出会って、送っていただいたりすると
一生の思い出になるのである。決して誇張ではない!
こんな経験は何年経っても鮮やかに思い出すのである。
旅行しても思い出すのは綺麗な景色ではなく、ちょっとした人との出会いが
鮮明に思い出されるのである。

昨年指の壊死以来、久々のクロカンであったが嬉しい出会いがあったので
今日は大満足のクロカンでした。

4月25日(日曜日)クロカンデイ神の倉大爆発
今朝は雲ひとつない五月晴れである。
午前中は北風で午後から南風の予報である。
11時には竹井さん、増山さん、指江さん、甲斐さんの5名で荒谷山に上がる。
北風だが時々東から入ってくる。
一発目のサーマルがないかと一番手でテイクオフ。
竹井さんの車がサブランにおいてあるので気楽にテイクオフ。
正面すぐにリフトがあって廻したのだが強く小さくて荒れていたので揚げ切れなかった。
少し前に出したらリフトを外してしまいぶっ飛んでしまった。
増山さん、竹井さん、と3人でもう一度荒谷山に上がる。
勇さんがテイクオフしていたが、尾根の先端で上がリ始め荒谷山に上がったときは
海抜1000mを越えていた。
12時ごろ是枝さんテイクオフし北尾根でサーマルヒットし一気に海抜2000mにあがった。
高杉さん12時15分ごろテイクオフし北尾根の低い位置で粘っていたが
サーマルヒットし海抜2150mに揚げた。
めぐちゃんは12時半ごろテイクオフし南小山を目指したがどんどん下がってしまい
終わったな!と皆が目を離した隙にマキゴンポイントで上げ始め一気に海抜2000mに揚げた。
未だ北風本流なのだが正面ぽくブローが入ってくる時に、皆さん次々とテイクオフしていった。
天気予報は昼から南風なのだが北風本流は変わらない。
テイクオフした人達は誰もランディングしないで何とかトップアウトしている。
第一便で上がった指江さんも未だ飛ばずに南に変わるのを待っているのだが・・・
南には変わらなかったが、13時前に指江さんテイクオフして北の尾根で上げ始めた。

13時過ぎたが南に変わらないので私もじれて北風の中テイクオフした。
テイクオフして北尾根目指したがすぐにリフトを感じたので廻す。
ボールの中のリーサイドサーマルなので北風が強いとローター喰らって
潰れないか心配だったが結構強くて一気に海抜1500mまで上がった。
GPSのスイッチ入れ忘れていたのでスイッチオン。
是枝さん達は無線で連絡取り合いながらクロカンに出発した。
指江さん達5機ばかりもクロカンに出発しますと宣言した。

弱いながらも未だリフトは続いていたので、皆さんクロカンに走った後で、
私一機だけだったが揚げようと粘る。
海抜2000m近くなりリフトの天かなと思い、クロカンに出発。
向原の高獄山で廻していると海抜2200mまで上がった。
指江さんのグループは高度を失って、もう一度荒谷山近くに戻って揚げなおしている。
向原の町を越え平畝山につけたがサーマルがない。
三次方面に向け走ると45Km/hのスピードが出ている。
南風に変わって海風がここまで入ってきたようだ。
海抜1260mまで下がったが微かにリフトを感じ、ステイしてサーマルサーチする。
上小原上空で15分間かかって海抜2100mまであげた。
その頃めぐちゃんは甲田でかいばつ272mまで下がり、地上50mで喘いでいたのだ。
どおりで河原さんや私が呼びかけても返事出来なかったはずだ。
指江さんは吉田町のはずれの小脇ポイントあたりを飛んで無線中継していてくれている。

さてどっちに私は行こうか?
旋回していてもはっきりとは南風とは言いがたい。
ブレークコードのコントロールを緩めキャノピーが向く方向に自由に走らせる事にした。
世羅西の方角を向くので「稲垣、東奉公に走りま〜す」と無線を飛ばす。
大土山を越えるコースは初めてなので、頂上方向には向けられなかった。
大土山の裾野はべたーと長いのでエスケープできる所が少ないように思う。
キャノピーは三和町の板木方向に向いている。
板木は6年前に90歳でなくなったおじさんが住んでいる町で、家も確認できる。
ランディングするなら家の近くに下りて、72歳の従兄弟に神の倉に送ってもらおうかな?
ずっと−2〜3m/Secで下がっていたのだが、板木ダム近くで沈下が収まる。
サーマルサーチの旋回を入れて、キャノピーの行きたがる方向を探る。
リフトが少し強くなったところで小さめに廻す。
600m高度を稼ぎ海抜1390mにあがった。
キャノピーの行きたい方向に走らせると東に行く。
40〜50Km/hで走るのでこの方向で良いか・・・・
4Kmばかり走ると弱いリフトを感じたのでサーチするも200m高度稼げただけ。
またキャノピーに負かすと南方向に走る。こちら方面は山ばかりで降ろす所がない。
美波羅川沿いだと道路は福山方面に続いていて田んぼもある。
方向を修正して北東に向ける。ずっとシンク音が続く。
美波羅川と飯田川の合流地点で田んぼから80mまでさがった。
リフトを感じたのでここは慎重に祈る様な気持ちで廻す。
10分間粘って600m高度を稼ぐ。
周りの田んぼは殆ど水が貼ってある。
乾いた田んぼを探さないと・・・・
サッカー場やテニスコートが見える。世羅西青少年旅行村だな!(潰れたといってたな)
小高い所に菜の花畑と芝桜のピンクの絨毯が見える。
観光客で賑わっているようだ。そこにランディングすればもてるだろうなあ。
上手くすれば帰りを送ってもらえるかも・・・・
菜の花畑の隣に緑地が見えるので降ろせるかも・・・
など勝手な想像をめぐらす。

公園の下に学校のグランドが見える。
ここなら土地が乾いていて良いのだが・・・・
グランドでは10名ばかり遊んでいるようだ。
無人なら降ろそうかと思ったが・・・・

下のほうに水の入ってない大きな田んぼが5枚ばかり見える。
ランディングアプローチしていると庭先に母親と子供がいたので手を振る。
私の事は見ていた様で手を振ってくれた。
ふんわりランディング。
2時間半で22Kmのクロカンであった。今年初めてのクロカンとなった。

そして、素晴しい出会いが待っていた。(前頁)


皆さんのクロカン軌跡(今年の神の倉大爆発)

 

水色・・・・・高杉さん・・・岡山県井原市・・・・72Km(4時間かけて自分のホームエリアに帰った。凄いなあ)
草色・・・・・是枝さん・・・庄原市平子・・・・・・53Km(5時間飛んでいた)
赤色・・・・・山本さん・・・びんごみかわ駅・・・41Km
黄色・・・・・吉田さん・・・世羅町川尻・・・・・・40Km
レンガ色・・原田さん・・・三次市・・・・・・・・・・32Km
ピンク色・・めぐちゃん・・三次市・・・・・・・・・・24km
深緑色・・・指江さん・・・どんつき・・・・・・・・・21Km
青色・・・・・稲垣・・・・・・世羅西黒川・・・・・・・22Km
黒色・・・・・藁科さん・・・荒谷山⇒白木山⇒鷹ノ巣山⇒土師ダム⇒千代田町

データは有りませんが笹野さんは山本さんと同じところ。(41Km)


9名のログデータはこちら

4月29日(木曜日)
今日は晴れ予報だが風が強い。
畠黒さんの「せらにし飛龍太鼓」の演奏が花夢の里で11時から行われる。
畠黒さんには内緒で突然行って驚かせようと思う。
先日は空からお邪魔したのだが、今日は地上を行く。
ところが、カーナビの調子が悪く働かない。
せらにし青少年旅行村の道路標識を頼りに行けばいいだろう。
せらにし中学校は分かったが、花夢の里に続く道が良く分からなかったので
軽トラの地元の人を止めて教えてもらう。
駐車場には観光バス13台と乗用車200台?ばかりの混雑ぶりであった。
700円の入園料を支払って入場。
10時45分だったので太鼓の会場の一番前の椅子に座る。
畠黒さんに見つかると舞台に出されそうなので、帽子を目深に被り
嫁さんのマフラーを首に巻きつけ私と分からないようにする。
11時飛流太鼓が始まった。さすが17年のキャリアで全員の息もぴったりあって
身体に心地よく響いてくる。
太鼓の音との掛け合いで人間が発する掛け声が私は大好きなのだ。
勇壮でもあり、又男の色気も感じるのである。(締め込み姿なら尚更良い!)
以前厚生年金会館に聴きに行った、鍛え上げられた身体を使って愚直に叩き続ける
鬼太鼓座
に私は痺れているのである。

太鼓の曲の幕間に畠黒さんが突然私のことを話し始めた。
クロカンで飛んできたパラグライダーにびっくりし、私を神の倉にまで
送ってくれた事などを面白く観客に話してくれた。
送っていただいた時名詞を渡し、「不良おやじ」で検索してもらえばグーグルでも
ヤフーでも一番目にヒットするはずです」と伝えておいた。
私のHPも見ててくれ、それを元にクロカンの紹介してもらったのだが
距離と高度はオーバー気味ではあったが・・・・

番号をふったボールを客席に投げ拾った人に番号の景品を進呈するという。
嫁さんは椅子を離れ、ちゃっかり4番のボールを拾って来た。
太鼓演奏が終わり景品交換をしに行く嫁さんを近くで撮影していたら
畠黒さんが気が付いてくれた。
動画をYOU TUBEに載せたいので、皆さんにもちょこっと御挨拶。
(肖像権と著作権があるものなあ)
畠黒さん父娘が追いかけてきて、娘さんが私達と父親を撮影してくれた。
広い庭園の芝桜と菜の花を見て、風が強く寒かったので30分位見て退場。

せらにし飛龍太鼓の動画

せらにし飛龍太鼓NO1
せらにし飛龍太鼓NO2(せらにし飛龍太鼓の紹介)
せらにし飛龍太鼓NO3(私との出会いの顛末紹介)
せらにし飛龍太鼓NO4
せらにし飛龍太鼓NO5

君田温泉に行ってゆっくり温まった。
かならず私は君田温泉に入ると軽い湯あたりを起こすのである。
私には特別の効能があるのだろうと思っている。

だから、私はここの温泉は好きなのである。

夕方河原一家が訪ねてくれ、話の成り行きで連休に四国に行く事となった。
今更ホテルや旅館が有るわけがないので、我家はボンゴに布団を積み
河原家はテント持参という事にした。
幸ちゃんはテントは初めてだが大丈夫かな?