2017年 11月   
 11月1日(水)ハワイ出発
長男の嫁が産休がそろそろ終わるのでハワイへゴルフ旅行に行く計画を・・
孫の樹が一歳を過ぎたので、孫二人の子守をするためハワイ旅行招待。
ハワイ島へ直行便が出来たのでハワイアン航空を利用。
出発便は23時55分。
長男が仕事から帰宅したのが20時過ぎ。
風呂に入ったり支度して、自家用車で横浜を出たのが21時過ぎ。
羽田空港カウンターでチェックインして遅いとんかつの夕食。
子供連れ家族だとチェックインや出国手続きなど割とスムース。
飛行機に乗り込みは最優先でビジネスクラスよりも先にしてくれる。
エコノミーなのだがちょっと優越感。
ひなこは4歳になったので有料席に・・・
ところが飛行機乗り込みのゲートを通過すると「・・・チェックさせて
頂いてもよろしいですか?」と柔らかく質問された。
別に疚しいことはないので「どうっぞ、どうぞ」と同意。
別室では椅子に座らされ何かチェックされていた人がいる。
自分の順番で、何やらフィルムシートで私の服のポケット周りをペタペタ。
機内持ち込みのリュックやスーツケースの中身にもペタペタ。
フィルムシートを機械に読み取らせている。
どうやら麻薬関係の反応を検査しているようだ。
次に待っている日本人は妊婦だった。
私の人相が悪いわけでなく、アトランダムに抽出して検査しているようだった。
風邪薬の粉薬が荷物検査で引っかかっていたわけでも無さそうだ。
樹が夜鳴きして他の乗客に迷惑をかけなければ良いが・・と心配したが
お母さんのおっぱいの力で全く泣く事はなかった。
 11月1日(水)ハワイ到着
昼過ぎハワイ島コナ空港に到着。
空港に降りてから入国手続きが大変だった。
まず機械の前で両手4本の(親指を除く)と顔を写真撮影。
更に入国審査の係官の前で両手の5本指と顔の写真を撮影。
子供連れの家族なので、長男が入国目的と滞在先を聞かれただけで
我々には質問はゼロだった。
やはり子供連れの家族は楽だ。
ところが税関の荷物検査で長男のリュックにミカンが一個入っていたのが発覚。
ひなこが食べなかったミカンを処分をする忘れていた。
税関申告カードに植物などは無しにしていたので不正申告!!
何やら税関申告カードに係官が書き込みをしていた。
ミカンの没収だけで済むのかと思っていたが前科一犯登録のようだ。
次にアメリカに入国するときはチェックが厳しくなるのかな?
コナ国際空港を出るのに一時間ばかりかかった。
あまり再訪したい国ではなくなったなあ・・
空港にレンタカー会社の送迎車に乗り移動。
大人4人とチャイルドシートの子ども2人なのでドッジの大型車を借りる。
まず宿泊地ワイコロアのハリイ・カイ・リゾートに向かう。
長男がインターネットで予約を入れていた。
広大な敷地は電動のメインゲートがあり、暗証番号で入ることが出来た。
入り口の事務所で部屋のICカードを受け取る。
部屋は広いダイニングキッチンと二つのベッドルームに各々バスルーム。
上記のインターネットの写真道りであった。
とりあえず近くのクインズマーケットに行き、卵やベーコンやトマトや
バナナや牛乳や野菜等の食材を買い込む。
夕食は出かけるのも億劫なので持参した「サトウのごはん」で
いわしの缶詰やインスタント味噌汁や漬物で貧しい夕食。
「サトウのごはん」を12パックとカップ麺を10個持参しているので
これもしっかり食べないと・・
 11月2日(木)ヒロの町へ
今日はヒロに行く。
ドッジの大型車は長男の嫁さんが運転。
車の右側通行も慣れていて安心して助手席に乗る。
レンタカー屋さんで私も運転手登録するかと聞かれたが、
もう鈍くなっているし、孫達を乗せては運転できない。
以前にも立ち寄ったTEXというお店でマラサダを食べる。
以前食べたときはおいしいと思ったのだが・・・

  

ヒロの町ではファーマーズマーケットを見て町をぶらぶら。
古い裏通りはシャッター街になっていた。
寂れたコーヒーショップでジュースを飲んで一休み。
ひなこも含めて女性陣は店の中に入って購入するわけでも無いのに
物色を楽しんでいる。
以前にも行ったお菓子の工場「ビッグアイランド」に立ち寄り
お土産を買い込んでいる。
腰が痛いので外のベンチで休んでショッピングの終わるのを待つ。

 

夕食はオハラコーストのルースクリス・ステーキハウスで
一人ひとり好きなステーキを注文。
私はフィレをレアーで頼んだ。
流石柔らかく、血も滴っていた。
結構な量でパンもライスも食べないでもお腹いっぱい。
アメリカ人の一食の量は日本人の3倍くらいなんだろう。
屋外演舞場ではハワイアンダンスをやっていたので
2階のテラスから撮影。
マッチョな男達は全身刺青を入れ迫力のあるダンス。

 

今日は樹の誕生日、「樹おめでとう」

  

 11月3日(金)両親はゴルフ昼から海水浴
長男夫婦は早朝ゴルフに出かけた。
孫達が特に樹が”お母さん居ない!”と泣かねば良いがと
心配なので目一杯寝かして置いた。
9時ごろ目を覚まし、バナナと離乳食を食べご機嫌さん。
ひなこは両親がゴルフに行っているのは理解している。
刈り込んだ広い芝生でひなこは走りまわっている。
樹も芝生でハイハイさせ時間潰し。
孫達の挙動を眺めていると飽きることが無い。
ひなこは4歳でおしゃべりが止まらない。
バーバが上手に相手しているので、その会話を聞いているだけで楽しい。
1歳の樹は何か意思を持って動き回るので、眺めているだけで楽しい。
長男夫婦は、12時前にはゴルフから帰ってきた。
持参したカップラーメンで昼食。
昼からは近くの海岸で海水浴をすると言う。
風邪気味なのと、長時間フライトで腰を痛めたので海水浴はパスし
午後はずっと寝ていた。
ひなこは波に足を取られ沈んでも面白がっていたようだ。
樹も水を恐れてなかったようだ。

  

  

ジージは夕食に付き合わず寝ていた。
お土産にロールマキズシを買って帰ってくれた。
 11月4日(土)コナのコーヒー祭りへ
長男の嫁さんがネットでコナ地区でコーヒー祭りのことを調べていた。
19号線から山側へ登っていき、2車線の道路に屋台がはみ出している。
路上駐車しかないのでうろうろしていたら、「KONA Imin Center」
満杯の駐車場の身障者用のスペースに入れてくれた。
成熟した社会では、赤ちゃん連れはどこも優しい対応である。
コーヒー農園の屋台が100軒ばかりと地元の人の出品屋台がずらり。
コーヒーは一軒一軒味見のコーヒーが振舞われる。
私は一切コーヒーは飲まないので手持ち無沙汰。
長男夫婦はコーヒー党で10軒以上飲み比べていた。
気に入ったコーヒーを買い求めていた。
「KONA Imin Center」の駐車場係にお礼を言ってUCC農園へ
コーヒー摘み体験と工場見学が出切るのだそうだ。
ところが雨が降ってきた。
傘を持参して無かったのだが、コーヒー摘み体験は初めてなので
無理やり参加。
コーヒー摘みは想像通りだったが、コーヒーの実を手回しの機械に
入れて回すと見事に種と分離される。
コーヒーの種が全然痛まずに出てくる事が不思議であった。
簡単な装置なのによく考えられている。
昔の人の知恵は大したものである。
AIが発達しても、便利な道具を発明してくれるのだろうか??
AIの知識・情報は膨大なものでそれらを元に判断はしてくれるが、
新しく知恵を発揮してくれるのだろうか・・・

   

夕方ワイコロアのハリイ・カイ・リゾートの敷地内にあるプール・レストランにいく。
ひなこは浮き棒を胸に当て「顔を浸けなさい」と言われて泳いだら
2mばかり進む事が出来た。
”泳いだ!泳いだ!”と囃し立てたのでひなこは得意満面。
樹もお父さんに抱かれてプールに浸かり、浮き棒につかまって水を恐れず。

夕方はクインズマーケットのイタリアンレストランへ。
 11月5日(日)両親は早朝ゴルフ・夕方帰国飛行機
今日も長男夫婦は早朝ゴルフ。
11時がワイコロアのハリイ・カイ・リゾートのチェックアウト時間だ。
部屋のICカードを返却しないといけない。
帰国の為の荷物も全て車に積み込んで出かけて行った。
10時半に手荷物とリュックを担いで20分ばかり歩いて
正門の所の事務所へ行く。
カードを返してプールレストランで過ごすことを伝える。
愛想の良いお姉さんで、ひなこがバイバイしたらキャンディーをくれた。
敷地内のレストランへ歩いて30分。
テーブルへ座って何か注文しようかと思っていたら長男夫婦が帰ってきた。
ジージはジュースのみを注文。
注文したハンバーガーセットを見ると高さが20cmもある。
上から押しつぶして4等分してジージにも呉れた。
初めてハンバーガーなるものを食べた。
思っていたより味は良かった。

ゆっくり時間を潰してコナ空港へ。
レンタカー屋に車を戻す。
ネットで300ドルで借りて、現地でベビーシート(一日20ドル)を二つ借り
保険をかけたりなどの追加が300ドルだと怒っていた。
コナ空港は羽田行きの国際便でもあるが、ローカル空港のままで
飛行機の乗降はバスでもなく歩いて行く。
チェックインして待っていると、17時30分発が一時間ばかり遅れるとアナウンス。
機材の問題ではない!目の前にエアバス300が駐機している。
乗組員が未だ空港に来ていないという。
やっぱりハワイアン航空はやばいかも・・・(ネットでは散々)
前回も地上乗務員のお祈りもむなしく煙が出て機材交換となった。
その時の動画

一時間以上遅れてテイクオフ。
羽田には夜の到着となるので、機内ではずっと映画を見ていた。
 11月7日(火)横浜で孫と・・
しっかり眠ったので時差ぼけは感じられない。
孫達もいたって元気。
ひなこに自転車のプレゼントをしていたので、どれだけ乗れるようになったか
近所の公園に行って見せてもらう。
四つ角を渡るときはちゃんと止まって左右確認をしている。
危険予知能力も備わっているようだ。
ブランコも自分で漕げる様になっていた。
樹はお姉ちゃんの自転車に興味があるようで、ハイハイで自転車に向かって行く。
幼児の発展速度は目にも留まらぬ速さである。
樹とも、あれこれ話が出来るのももう少しだ。
孫達が真っ直ぐに育っているのがなにより嬉しい。
孫達と人生を語り合えるには、ジージの寿命は間に合わないだろうなあ・・
 11月10日(金)刑務所
毎月第二金曜日に広島刑務所へ、謡曲仲間3人で謡曲を教えに行っている。
釈放が3年以内で、刑務所での態度の良い受刑者は文化活動に参加できる。
短歌、俳句、算盤、点字、詩吟等々文化活動がなされている。
今年2月に6名で始まったのだが、出所者もいたので現在2名。
夏にはハン袖・半ズボンなので刺青がよく見える。
シャバでは強面のお兄さん達なのだろうが、一年近く一緒にやっていると
芯からの笑顔を見せてくれることがある。
少しは人間的な繋がりが出来たのだろうと思っているのだが・・
偶然娑婆で出会ったら、どんな出会いになるのだろうと楽しい夢想をするのだが・・
 11月11日(土)航空スポーツ教室
(財)日本航空協会が主催する「航空スポーツ教室(スカイ・キッズ・プログラム)」
安芸高田市郷野小学校で行われた。
小学生を対象にスカイスポーツに関心を持ってもらおうと
熱気球とパラグライダー体験と模型飛行機製作をする。
7時10分開校式。
私の遠い親戚で「向原農村交流館やすらぎ館」の理事
稲垣さんが進行を務めた。
7時15分に巨大扇風機で風を送り熱気球を膨らませていく。
ある程度膨らんだところでバーナーで熱風を送り熱気球を
立ち上がらせようとするが3mばかりの風で揺れ動く。
危険と判断し気球の空気を抜いた。
暫くして再チャレンジし、熱風を送り込んで熱気球は立ち上がった。
アンカーはワゴン車にロープを係留している。
近くでバルーンを見るとその大きさに圧倒される。
気球は立ち上げっていれば揺れが少ないのだが
時々突風が入ってくるので中止となった。
気球を畳んでガスバーナーの実演。
凄い音と大きな青い炎だけで十分な迫力があった。
9時体育館に移動。
皆さん体育館に集まって、飛行の歴史や熱気球の模型で座学。
プロジェクターに映そうとするのだがパソコンがうまく操作出来ず
30分近くモタモタしている。
その間は座学で時間を潰したのだが・・・
私も見かねて、児島さんにパソコンの操作を手伝うようにお願いする。
児島さんが行って2分間ばかりで映写開始!早く言えば良かった。

9時40分校庭へ・・・パラグライダーふんわり体験会
パラグライダーは日本航空協会が用意してくれている。
懐かしいざぶとん機に近くインテークは幼稚園生が入れそうだ。
風は6m/Sec前後で、校舎の影響で風向きもよく変わる。
小学生の体験者は24名で2回の体験目標。
我々は3人がかりで一人はトーイングロープ、両サイドでAライザーと
ブレークコード操作。
風の状況が良いと1,5m程浮いて30mばかり移動。
突風が入ってくると二人が持ち上げられそうである。
手首に擦り傷をいっぱい作って無事24人の体験をさせた。
最後に皆と記念写真。

 

広島市ハング・パラグライダー連盟から14名指導に行った。

パラグライダーふんわり体験会動画(YOUTUBE)
 11月12日(日)久々クロカン・・安芸矢口駅・21Km/・海抜1530m
昨日は強風だったが、今日は天気もよく弱風予報なので気合を入れて出かける。
プレジャークラブの集合時間は9時なので合わせて行く。
プレジャークラブ12名の参加表明の内、川口君が来ない。
11月3日、弟37回ひろしま国際平和マラソンに夫婦で参加し
7Km地点で急性心筋梗塞で亡くなった。
享年38歳、昨年結婚したばかりで人生これからという時だったのに・・
彼の無念さを思うと心が痛むばかりだ。
一緒にクロカンに出かけようと、いつも話をしていたのに・・
今日は彼を引き連れてクロカンに出かけるぞ!と密かに決意。

練習生達は荒谷山に上がるのだが、吉岡さんと小田さんが一緒に上がるので
テイクオフディレクターは充分だ。
田んぼのランディングでは田原さんが一人なので話し相手に残る。
ひーさんがダミーで飛んできたが、当然まだサーマルは発生していない様だ。
練習生達が次々飛んでくるが、田んぼは広いので田原さんは誘導しない。
荒谷山が初めての大川さんも金谷さんも誘導なし。
皆さん決められた田んぼに降ろした。
皆さん2本目を飛んできた頃、田原さんも私も練習生と荒谷山に上がる。
11時頃、荒谷山初めての金谷さんがサーマルを見つけて廻している。
トップアウトは出来なかったが、20分ばかり粘っていたような・・・
彼にとっては初めてのサーマルフライトであったと思う。
荒谷山初めての大川さんも短時間ではあったが廻していた。

不良おやじ、12時15分テイクオフ。
今朝の冷え込みで、フライトスーツの上にフリースを重ね毛皮の手袋。
本流は北東風で、テイクオフへは正面ぽく2m/Secの風が入ってくる。
テイクオフ前でリフトがあったようなので行ったがなんも無い!
先ほど左ボールの斜面の梢が揺れていたので直ぐに奥に進む。
左尾根に近づくと果たしてリフトに遭遇。
更に尾根に寄せていると30m上空で揚げていたトンビが落下。
本流からいえばローター域になる。
トップアウトするまでは離れた方が良いので右ターンで少し沖に。
廻して山に近づくとリフトが弱くなったので少し沖に。
何とかトップアウトできてテイクオフ上空にずらすとしっかり上がった。
結構グラグラするのでハイバンクで廻しづらい。
先ほどのトンビの墜落が目に焼きついている。
テイクオフは一機広げているがなかなかテイクオフしない。
テイクオフ場は無風又はフォローだったようだ。
目の前でサーマルが上がっているとそうなるとの典型だったかな?
サーマル雲は大きくはなってないがあちこちに沢山出来ている。
雲の吸い上げというより、サーマルがあちこちで立ち上っているようだ。
左尾根上空でウロウロして海抜1530mまで上がった。
さてお約束の地、高圧電線十字路を目指して行こう。
ゆずり葉街道上空でリフトに遭遇、90m高度を稼ぐ。
果たして上空では出来かけの薄い雲があった。
サーマル雲が飛び飛びで続いているので前に進めそう。
本流は北東風で対地速度40km/Secのスピードは出ている。
志和口駅近くでサーマルゲット。海抜1330mから1510mまで持ち直す。
もうメインランディングには戻れないので、白木山に行くことを無線を入れる。
中野さんから”了解”の無線が入る。
よし!川口君、一緒に高陽町まで行こう!
高圧電線上空に雲があるので安心かな・・
高圧電線十字路を越えるときは海抜1180mで下がり続けている。
高圧電線よりは700m上空なので潰れても立ち直れるだろう。
海抜1090mまで下がったが、弱いサーマルゲットし海抜1470mまで回復。
シンク音が鳴りだしたのでアクセル踏み込み、真っ直ぐ白木山(889m)へ。
白木山は海抜1120mで通過。
此のままシンク音が続けば鬼が城を越えられない!
時々上昇音は聞こえるが、弱いので廻せば高度を失いそうだ。
少しまともな上昇音なので一回転半し、70m高度を稼ぐ。
アクセル全開で鬼が城の電波塔を200m残して越えた。(海抜970m)
北東風なので広島側の斜面は吹き降ろしの筈なので、
高度を失い斜面に近いと沈下速度は速くなるだろうなあ・・
このままだと、玖村駅の河川敷にはとても届きそうに無い。
真下の三篠川河川敷か安佐北スポーツセンター裏の河川敷しかないだろう。
ドンドン下がり続けたが、三篠川手前の海抜410m地点でシンク音は止まった。
市街地の暖まった空気がアーベントの様に立ち上っている感じ。
深川、真亀上空はリフトがあり直進しているのに100m以上上昇。
廻して高度を稼いでも行く当ても無いので無視して直進。
玖村駅を通過し高瀬大橋に来ても海抜365m。
安芸矢口駅には届くだろうとそのまま直進。
口田に来ると2~3m/Secで下がり始め、グライドパスで見てもちょっと厳しそう。
左岸(口田側)の河川敷は狭く草ぼうぼうの様だ。
足元がはっきりしないとランディングで足首を痛めそう。
右岸は広々として、野球少年がたむろしている。
高度処理していると少年たちは気がついたようで、河川敷の端に
ソフトランディングしたら拍手が沸き起こった。
5~60mは離れていたので、彼らと話は出来なかったのが残念。
ランディング報告を吉岡さんと中野さんにする。
田原さんにもかけたがフライト最中なのか出ない。
安佐大橋を渡り安芸矢口駅に。
ジャストタイミングで20分も待ったら三次駅行きがあった。
井原駅への迎えを頼んだらひーさんが迎えに来てくれた。
ありがとう御座います。

1時間15分、直線距離21Kmの久々のクロカンだった。

フライト動画(YOUTUBE)
https://www.youtube.com/watch?v=Y2wCg0nhc3w


フライトログデータページへ


ハワイに行っていたので川口君の葬儀には出席できなかった。
夜8時、川口さんの海田の実家を訪ねる。
我が息子達と同世代なので、ご両親の苦しい胸のうちは想像できるので
どんな言葉をかけたら良いのか・・・胸が痛む。
川口君はお骨となって小さな箱に収まっていた。
「親より先に逝くなんて・・・最大の親不孝だぞ」と語りかける。
母親は「息子にこんなに沢山の良いお友達が居たなんて」と・・・
あれこれ川口君の話をしていたら、母親も寛子さんも泣いてしまった。
私も貰い泣き・・
皆さんへ慰めと励ましを言いに来たのに・・
近所に駐車場が無いので嫁さんに車で待ってもらっているし
早々にお暇した。
寛子さんのことを皆も心配して居るので、頑張ってプレジャ-クラブの
忘年会には参加するよう言った。

 11月25日(土)プレジャークラブ大観峰遠征
我がボンゴが前回の九州遠征の帰り道、下松PAでバックが入らなくなり
駐車場から出れなくなった。
20分間待って前の車が出てくれたので前進で出られた。
走行中80Kmで2500回転、90Kmで3000回転とDドライブに入らなくなり
オートマチックは潰れてしまった様だ。
中古のワゴン車を探そうと思っていたが、嫁さんが「新車に乗ったことがない」などと
騒ぐので、マツダのキャロルを買った。
パラにはアテンザで行くことにした。
4人乗ってパラも4機乗せることは出来る。
そんな訳で九州遠征には、ご近所の金谷号のお世話になることになった。
5時迎えに来てもらい下松PAには6時過ぎには到着。(7時集合予定)
早すぎて一番だろうと言ってたら吉岡号が来ていた。

先月の九州遠征は台風で散々だった。
今回は25日の天気予報はばっちりだったのだが、
九州に入っても高層雲がびっしりと・・・トホホ・・
九重ICで降りて大観峰へ。
パラザックの重量に我が五十肩が耐え切れないので
1500円のキャリーを引いて皆さんより先に上がる。
阿蘇ネイチャーランドの営業タンデムチームが案内板を立てたり
旗を立てたりしていた。
女性のお客さんを何人か連れてきているようだ。(男は居ない!)
高層雲はびっしりだし無風状態だ。
何と無く微フォローなので東側からテイクオフできないかと行ってみる。
良い斜面があり草も刈り込んでありテイクオフ場に使っているようだ。
田原さんに「こちらで飛べるよ」と連絡しに行こうとしたら
ドヤドヤと営業タンデムチームがお客さんを連れてきた。
おお!やっぱり何とかこちらで飛べるぞ!
早速に準備をして弱い風の中タンデム機は飛び出して行った。
動画の撮影を始める。
残念ながらリッジソアリングは取れないがステイ気味で
沖の田んぼにランディング。
営業タンデムはトップランできないと効率が悪いだろうなあ・・
ジモピーが数人飛んで行った。
大観峰に来る度にお世話になっている田中さんは弱いリフトを捕らえ
トップアウトし、すかさずトップラン!!流石だなあ!!
時たま弱風も確実に入り始めたのでプレジャークラブの
練習生達もテイクオフを始めた。
テイクオフの斜度は丁度よく、距離も充分すぎるほどにある。
プレジャークラブの練習生はまずまず合格点のテイクオフだった。
ジモピーの3人から「不良おやじさん、平和カップに行ったのですよ」と
声をかけられた。
私のHPを見て頂いているのかと嬉しくなる。
残念ながら今年はハワイ旅行と「市民能楽のつどい」で平和カップの
お手伝いは出来ていなかった。
来年はちゃんと挨拶しないと・・・
「不良おやじさん、大渕です」と声をかけられた。
顔はよく覚えていなかったがお名前はしっかり覚えていた。
大観峰で初ミニクロカンした時,、同じ場所に降ろした人だった。
大渕さんはコンペにも積極的に参加し活躍されているようだ。
平和カップにも来て頂いたらしい。

プレジャークラブメンバーが2本目フライトに上がって来たので
ランディングアプローチを撮影する為に一番でテイクオフ。
大観峰の先端をかすめて飛んでみたがリフトは見当たらず。
ランデイング場に決めた三角形の田んぼに向かう。
田んぼ上空100mで到着し、一回転して風の方向と強さを確認。
対地速度は時速29~31Kmなので無風状態。
足が弱ってきているので田んぼを走るのも不安なので、農道に降ろす。
「無風に近いのでランディングアプローチはどの方向でも
いいでしょう」と無線を入れる。
田原さんは一切誘導をしない中、皆さんまずまずのランディングであった。

宿泊は前回も泊まったアーデンホテル阿蘇
併設されている阿蘇どんどこ湯に行く。
露天風呂に入り、先月そこに亡くなった川口君が座っていて
皆で一時間以上話したねと言い合う。
夕食を食べていると何だか酒を飲んだように、心臓はパコパコ
頭はガンガン、顔はほんのり赤くなったような(色黒なので目立たないが)
アルコールは一滴も飲んでないのに、この状態とは・・・
おそらく料理に酒が用いられていたのかな?(アルコールが飛んでない?)
ビールでもコップに1cm飲んでも上記の状態になる。
私は全くアルコール検知器なのである。
気分が悪いので横になりたかったが目を瞑って座っていた。
宴席の雰囲気を壊すので申し訳ないのだが・・
隣の斎藤さんに脈を取ってもらったら「100くらいね」と言われた。

二次会は日本間の我々の部屋で・・・
布団に入って寝ていた。
1時間くらいで、大分気分もよくなって来たので話に参加。
今日のフライトの成果と反省を発表して貰った。
ぶっ飛び2本でも何か掴める事もあるし、人の話で
触発される事も大いにあるはずだ。
P証を貰うとフライトの何が変わるかを聞いてみた。
自分はP証貰ったら何処でも飛びに行けるのが嬉しかったのだが
もう誰も何も言われなくなるので逆にプレッシャーは強くなった。
そのぶん自分で一生懸命考えたような気がする。

 11月26日(日)泥湯温泉へ
7時前に起きた時は遠くの山が見えていたが、
朝風呂から帰ってきたころは山が煙っていた。
9時過ぎホテルで解散。
九州に来て温泉めぐりをしないで帰るなんて以ての外である。
以前田原さんと一緒に入った別府温泉の泥湯温泉が強烈だった。
明礬温泉にあったのは覚えていたが名前を忘れていた。
田原さんに電話をかけて名前を聞く。
その名は”明礬温泉保養ランド”でした。
皆さんと意見が一致し、金谷号と吉岡号の5人で別府温泉に向かう。
別府湾SAから出て、別府方面に道なりに進むと
硫黄の匂いがして来た。
右手には大平山(扇山)の雄大な山腹が目に入り、何処からでもテイクオフ出来そうだ。
昔は扇山のエリアがあったそうだが今は??
明礬温泉地域に入ると神輿が練り歩いていた。
そこら一帯で温泉の湯気が地面から勢いよく噴出している。
道路左側に有った筈なので気をつけながら進む。
何とか下記の看板を見つけて大駐車場に入れる。
入浴料1100円也。
浴場に行く渡り廊下を歩いていると、噴気が凄い音を出していた。
昔からある木造の施設でお義理にも綺麗と言えないが(金属は数年でボロボロになる)
”明礬温泉保養ランド”はネットでいろいろ発信されている。

一緒に入った4人とも珍しい泥湯に大満足のようだった。
女子達は美肌効果抜群の効能に喜び、泥を塗りたくったそうだ。
大観峰フライトの帰りにはぜひ入ろうと言い合った。

 

折角別府温泉に来たので名物でも食べようという事にした。
三好さんがネットで調べて行列の出来る店をヒット。
「東洋軒」のとり天が大評判らしい。
電話をすると30分待ちとの事。
待たないといけないならきっとおいしいのだろうとと決め込み
勇んで別府の町を迷いながら到着。
駐車場のおじさんが案内してくれたり電話を受けて待ち時間を伝えたりしている。
とり天発祥の店の看板の前で、駐車場のおじさんに写真を撮ってもらう。
パラグライダーで大観峰に行ったのだと話をする。
ハーレーの話が出て、写真を見せあったりして話が盛り上がる。
おじさんはハーレーを3台持っていたり目黒のバイクや
50年間の車も持っているそうだ。
駐車場のテントの中の古いラビットのスクーターも見せてくれる。
丁度良い時間潰しも出来、順番の呼び出しがあり。
当然「とり天定食」を注文。
ウェイターのお兄さんに「駐車場のおじさんはこれか?」と親指を立てると
にっこり笑ってそうですとの答え。
只者ではないとは思っていたがやっぱりね。
とり天のお味の方は私にとっては「あ、そう」の程度だったかな・・

  

夜、トイレ休憩で美東PAに寄ったら、ペットボトルでクリスマスツリーを作ってあった。
面白いので写真を撮っている。
入り口で面白い看板を見つけた。
スマホで撮った写真を見せると、101円以上のお買い物について
100円値引きしますとの事。
メンバーで130円の飲み物を買って、30円の支払いをしていたつわものが2名も・・・
正月までやっているそうなので、休息は美東PAでされたらいかがでしょう。

   

 11月27日(月)振り込め詐欺の葉書
テレビや新聞やネットで注意喚起の振り込め詐欺の葉書が
我が家にも来ました。
この手のものは先刻承知だったのでニヤニヤしながら眺める。
嫁さん宛てに来た葉書なので、嫁さんは何故自分の名前と
住所が分かったのかと気持ち悪がっていた。
初めての人の不安感を煽り立てるに充分な名文である。
葉書に書いてある電話番号をネット検索したら、更に怪しいウェブサイトが・・
これに騙された人を助けますと、更に騙す輩がネット上にゴロゴロいる。
消費者庁国民センターに相談するのが正しいのだが・・・
NTTはこんな電話番号を即時、閉鎖できないのだろうか??

     

 11月29日(水)プレジャークラブ忘年会
例年のプレジャークラブ忘年会に田原さんと私が招待された。
私は撮影班程度で何もして無いのだが・・・
20名を超えるメンバーが集合。
事務局長の吉岡さんが皆さんの都合を調整しながら開催に漕ぎつける。
竹井会長の挨拶と田原さんの乾杯音頭で19時開始。
今日は故川口婦人の寛子さんも皆さんの応援で参加となった。
暫く飲み食いして、恒例だと今年一年の反省と来年の抱負を
一人ひとり発言してもらうのだが・・・
今年は故川口さんの思い出を一人ひとりが発言。
静かな人で人の悪口を言う様な人でなく、黙って草刈を熱心にしていた。
パラの立ち上げは抜群で、後輩達にも親切に教えていた。
ダミーフライトも積極的に行い皆の為の行動が目立った。
皆さんの思い出は、彼の素晴らしい人間性の事ばかりであった。
私も発言を求め
『川口の初ミニクロカンは私と一緒に行きました。
北の鉄塔(カタクリの里)でリフトを外し稜線より下がってしまい、
ランディングしたと思ったが・・
平畝山に移動したらいつの間にか追いついてきました。
初めてのクロカンでアグレッシブルに攻めていました。』
地上の彼は柔らかく丸い性格なのだが、内には激しいものを秘めていたのだ。
彼と一緒に飛んだときの思い出。

三好さんが女性と腕相撲してバタバタと倒している。
優男も数人やられたようだ。
私は腕相撲は普通以上と思っていたのだが、女子に負けるものかと
挑戦したがあえなく捻られた。
気分だけは若いのだが加齢故、筋肉は3割は落ちている。
そして、筋肉のパワーは半分以下になっているようだ。
アキレス腱手術と半月板手術した右足のふくらはぎは
左足と比べて3割は細い。(元に戻らない)
今も腕の付け根がニガル(広島便)
三好さんにどのように鍛えたのか聞いたら子供の頃から強かった。
中学生の時は他のクラスの男の子も挑戦に来たと言っていた。
三好さんと手を繋ぎたかったのだろう(笑)
帰りは中野一家と寛子さん(中野家にお泊り)と金谷さんを
乗せて各々宅配し帰宅。