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| 2025年 9月 |
| 9月1日(月)周防大島70年ぶりの友 テレビで周防大島の情報を時々流している。 ネットで周防大島小松の目の前の笠佐島(人口7人)の島を 中国人がリゾート開発の為島を買ったと騒いでいた。 周防大島小松は私が小学校4年生から6年生まで3年間過ごしたところなのだ。 当時本土をつなぐ橋はなく、全島を国鉄バスが走っており親父は助役を勤めていた。 30年前は良くタイ釣りに行っていた懐かしい所なので大島を一周してみよう。 何処でランチをしようかと食べログを見た。 小松に民宿「つるや」とある。 当時小松港に「ツルヤ食堂」があった。 本土と橋でつながったので港に降り立つ人は無くなり、食堂を畳んで 民宿を始めたかもしれない。 「つるや」に立ち寄ってみたら、メニューはランチしかない。 本日もサービスはナスの煮浸しと手書きしてある。 基準ランチのおかずにサービス品が添えられていた。 地元の人が10名ばかりいて駐車場がないので民宿の空き地に止めた。 皆さんの様子を見るとランチを食べ終わるとコーヒーはセルフでいれ 食べ終わった重箱と茶碗はカウンターに戻し600円も一緒に置いていた。 以前から価格は上げず老夫婦が淡々と作業をこなしている。 お客さんが途切れたので主の爺さんに声を掛ける。 「私は70年前に国鉄官舎に居た稲垣です。 昔小松港で「ツルヤ食堂」されていたお店ですか?」 爺さんは私の顔を見て「たけし?」と言ってくれた。 「鶴谷君は昭和何年?」と聞いたら1歳年下だった。 70年の年月がいっぺんに戻って来た。 二人で一緒につるんで遊んだわけではなかったが、近所の子たちと 小松港の前の広場で野球をして遊んだ仲間だった。 当時力道山全盛期で「ツルヤ食堂」の外から窓越しにテレビを盗み見たものだ。 1Km先にある電気屋さんが土間を開放してテレビ観賞を開放してくれた。 親からもらった10円玉を握りしめて夜道を通ったものだ。 同級生の悪ガキとお寺の境内で決闘して殴り合った。 女の子を泣かしたり弱い者虐めする悪ガキだった。 お寺の息子が同級生だったので立会人にして帰宅後集合。 噛みついたり石で殴ったりナイフなど、卑怯なことはするなと言い渡し 軍手をはめての殴り合いにした。 翌日悪ガキは目の周りを紫色にして登校して来た。 担任の男先生はクスッと笑っただけでお咎めなしだった。 鶴谷君はそのことを知っていたので近所で噂になったのかな? 下級生だった鶴谷君も苛めに会っていたのかな? 小松港の堰堤は70年前と全く変わらず、一部が延長されていただけだった。 この波止場では7月から9月まで泳いでいて、泳ぎに自信も付けた。 波止場に繋いであった天満線の下を潜ってもう良いだろうと浮きあったら 伝馬船の舟底に背中がくっ付き泳いでも泳いでも脱出できない。 舟底は藤壺がびっしりだし伝馬船のロープがピンと張るまで 伝馬船は私の背中にくっついてくる。 しこたま海水を飲んでぼんやりしかけた頃やっと脱出する事が出来た。 フェリーに追われたイワシの大群が波止場の岸壁沿いに泳いでくる。 網を入れておくだけで網の針金の首が曲がる程どっさり入って来る。 波止場でサヨリの流し釣りもよくやったものだ。 お袋に刺身にしてくれと頼んだらもっと大きのを釣って!と言われた。 裏山の飯山に行きロープを結んでターザンごっこをしたり 樹上に板を渡し秘密基地を作ったりして遊んだ。 小松港での黄色の森永キャラメル事件も子供心にも誇らしい記憶でもある。 大島では子供の時代の思い出がはち切れるほど詰まっている。 お客さんも居るのでずっと話している訳もいかず写真を撮って別れる。 10歳からいきなり80歳の70年ぶりの再会でお互い変わり果てていた。 だが、一瞬で70年の昔に帰れたのが感激で不思議! ![]() 変わり果てた二人(笑) 分かれて周防大島を一周した。 大島ウィンドパークにも寄り、女房もテイクオフした岳山を見せる。 女房はあれから飛んだと言っても信じられないと言う。 此処は安下庄と言う土地で30年前はよく鯛を釣りに来た。 大島は金魚の形をしているのだが尻尾の先まで行ってみる。 戦艦「陸奥」の記念館にも寄ってみた。 お魚センター(道の駅サザンセトとうわ)に寄ってみたら結構地元産の 独自な物も売っていたので数点買う。 今度篠笛の仲間を連れて行こうかな・・・ |
| 9月6日(土)未だ熱中症警戒アラート続く 熱中症を警戒して8月はフライト自重していた。 ボチボチフライト中毒症状は限界に達した。 日曜日より土曜日の方が風も弱いのでフライトを呼びかけた。 当然本日の方が良いのでベテランさんたちも飛びに来た。 荒谷山に上がりベテランたちは苦労しながら、しかし上げて行った。 12時40分荒谷山テイクオフ。 南小山を過ぎマキゴンポイント辺りでバリオが囁き始める。 どのタイミングで廻そうか・・・外すと一人地上で唇を噛む事になる。 リフトは弱いが下がらなければ良いか・・と廻してみる。 リフトは1m/Sec辺りで続く。 強くなったかと小さく回してみたが捉えきれず。 廻さずに流れるサーマルに乗せて山肌を行ってみよう。 サーマルコアに近いかな?と廻し続けて海抜700m。 上空には美味しそうな積雲がポコポコと・・・ 時に3m/Secで上がってくれる。 上空では西さんが雲底に消えかけている。 海抜1180m、雲の吸い上げの影響が出てくるかな? 海抜1380m、雲底には未だ有るが一応雲を外そう。 その後西さんは神の倉山系に谷渡り。 藁科さんは土師ダムを目指している様だ。 私も神の倉山系に谷渡り。 南屏風を目指すも瑞兆なし。 早々にランディング。 夏休み後のフライトは海抜1380m40分のフライト。 本日のフライト動画 GPSデータのページ |
| 9月21日(日)19年ぶりの再会 2006年9月プレジャークラブの竹井さんと榎本さんと私達夫婦の4人で バリ島に飛びに行った。 現地のフライトの段取りはバリ島在住の杉浦さんがやってくれる。 2005年にもバリ島に飛びに行って気に入ったので移住も有りかな?と思った。 そんな話を杉生rさんにしたら、定年退職でバリ島移住された方を 紹介されたのが小早川さんだった。 一日小早川さんのバリ島の住宅にお邪魔して移住生活をお聞きした。 その小早川さんが今日の「やまこうばし広場の音楽フェス」に 来られていて私をさがしに見えた。 思い立ってさっさと移住された勇気ある人なので尊敬している。 2006年9月のバリ島報告 |