2010年頑張ってまだまだ書くぞ!リタイヤメント生活に4年目だ!
春だ!クロカンシーズンだなぁ〜

2011年 2月   
2月5日(土曜日)クライミングハーネス
朝からもやが掛かっているようで、さっぱり日が射さない。
天気予報は晴れなので、もやが取れれば晴れていると思い神の倉へ・・
6日の中国新聞によると「煙霧」だそうだ。
皆さんの出足は悪く、お昼になってようやく神の倉に上がる。
3日前から気温が上がっていたので雪が解けているかと思ったが
圧接された道路の雪は解けていなかった。
私は2本ともぶっ飛びだった。
中村さんが一気に500mばかり上げたが、すぐに下がってしまっていた。

台湾に行った時、関東のフライヤーがクライミングハーネスを装着して飛んでいた。
ツリーランした時、自己確保の為には優れたギアーだと思ったので買う事にした。
ネットで調べたのだが、太ももに巻くベルトの厚みが気になった。
クッション入れていると厚みが増すし、長時間座っていると血流が止まって痺れるかも・・・
現物を見て買うしかないと、紙屋町の「好日山荘」に行って見た。
一番安いのが、ベルトの厚みも薄く具合が良かった。(ブラックダイヤモンド社、4110円)
朝、山本さんがツリーランセットを試していたのでロープを借りて
クライミングハーネスとエイト環を使って降下の練習をしてみた。

クライミングハーネス(400g)を装着して飛んだが、まるで装着感はない。
ツリーランしてせっかく助かったのに、その後の脱出で怪我をする事が多いようである。
私も一度だけツリーランした事があるが、斜めにぶら下がってしまった。
この状態での自己確保は大変難しかった。
シュリンゲとクライミングハーネスならば、楽に自己確保が出来るように思う。
クロカンを行う人には是非お勧めのギアーと思います。
2月6日(日曜日)バックランディング
天気予報は昼から曇りになっていたので早めに出かけた。
荒谷山テイクオフは西風が入っているようだった。
(今までずっと荒谷山テイクオフは南南西斜面と思っていたが実は西南西向きだった。)
未だ林道には雪が残っていると思われるので、指江さんと田原さんの
四駆車で荒谷山に上がる。
テイクオフに入ってくる風は、若干サーマル混じりの西風のようだ。
ボール奥の斜面は駐車場側のみ枝が揺れているようだ。
リッジが取れればボール奥で少し遊んでいようと、11時45分に一番手でテイクオフした。
ボール奥の枝は揺れていたがリフトは感じない。
北西風が斜面をなめているだけのようだ。
テイクオフに戻って、トップラン。1分間フライトだった。

11時50分、Sさん、TTさん,TKさん,THさん、HNさん次々とテイクオフして行った。
トップアウトは3人したが高くは上がらず、結構強めの西風のようである。
12時半ごろTKさんが、最初にランディングしたがバックランディングしていた。
徳ちゃんがメインランディングの風速を確認すると9m/Secだった。
風速を告げるとパニックになると拙いので「強風になってます」とだけ徳ちゃんが連絡を入れる。
全員バックランディングだったようで、引きずられた人も居たが全員無傷で何よりだった。
THさんの2−3の機体もバックしたようだ。
TTさんはバックランディングを初体験したそうだ。
その後は予報どおり曇りになったので全員解散となった。

テイクオフしてからの風速、風向状況。
荒谷山の風(12時には西風で最大6mだった)
 (荒谷の風向計は表示が90度近く狂っているように思う)
   

メインランディングの風(12時には北から南に、最大9mに激変!!!)
   
2月26日(土曜日)2時間・海抜1310m・トップラン
週間予報では26日も曇りのち晴れだった。
金曜日になるとしっかり晴れマークが付いている。
2月はしっかり飛べてないので、いやがうえにも気合が入る。
そんなわけで10時には神の倉MLに到着したが誰も居ない。
ボチボチパラの学生が来て荒牧牧場に出発していった。
ハングの人も来て荒谷山に上がっていった。
10時半ごろようやく田原さんが来た。
甲斐さん、田中さん、中村さん、が揃ったので荒谷山に上がる。
向原農村交流館やすらぎの近くにランディング場所があるか確認の為よってみる。
遅れてきた花野さんをサブランで拾っていざ出陣。

荒谷山TOは東北東風である。
ハングが2機組み立て終わっていた。
12時のサイレンが鳴ると、急に正面の南東風に変わった。
ハング2機がテイクオフし、正面で揚げていった。
中村さんテイクオフして、同じ様に揚げていった。
三篠園の向こうの煙は北風なのだが、メインランディング場近くの煙は南風である。
丁度荒谷山テイクオフ辺りが山風と海風のせめぎ合いで、シアーとなったか・・・
テイクオフ上空で”ばさっ”と音がした。
中村さんの翼が潰れたようだがすぐに直った。
田原さん、めぐちゃんもテイクオフし上げて行った。
私も12時25分にテイクオフ。
少しラインのテンションが弱いなあ・・・と思いながら走り続けた。
シートがなくなるまで走ってようやく足は離れたがどんどん下がる一方。
南小山を過ぎて(高度50m失って)やっとリフトに遭遇。
右ボール奥でクルクル廻して、海抜1270mまであげることが出来た。
調子に乗って廻し続けていると、サーマルの裏に入ったようで一気に高度を失った。
沖のほうで3機ばかり廻さずに上がっている。
私もアクセル踏み込んで、沖のサーマルを頂に行く。
+4〜5mのサーマルに出会えたが、出たり入ったりで上がり下がりが激しかった。
それでも強いサーマルだったので上がり続け、ボール奥上空で海抜1310mだった。
田原さん、児島さん、中村さんが白木山を目指したが日浦あたりで引き返している。
私も行きかけたが、ゆずりは街道も越えられずテイクオフ上空に戻る。
荒谷山付近には誰も居ない。
1時間ばかり飛んだので、トップランしようかとテイクオフに近づく。
河原さんがテイクオフのためグライダーを広げている。
幸多もテイクオフ場に居たので注意するように無線で呼びかけた。
河原さんがグライダーを片付けてくれた。
吹流しは無風になったり、北になったりで安定しない。
右ボール側からトップランアプローチで近づくと吹き上げられた。
二度ばかりチャレンジするもテイクオフ周りは吹き上げられる。
危ないのでトップランは諦めて沖に出す。
海抜466mまで下がり、マキゴンポイントあたりでようやくサーマルゲット。
南小山まで上がって行ったが、サーマルが細いのか私の腕が悪いのか
リフト帯から出たり入ったりのようだ。
サーマルを外すまいと、ハイバンクでキリキリ廻す。
海抜1050mまで上がる。河原さんが吉田町に行こうと呼びかけてきたらしい。
サーマルを外してグラグラしている時だったので返事しかねた。
もう一度海抜1050mまで揚げなおし、北に向けて走ってみる。
−3m/Secで下がる。とても吉田町まで行けそうにないのですぐに引き返す。
南風が入っているようで、荒谷山まで帰るのにギリギリだった。
右ボール奥でリッジを拾って、海抜1000mに揚げなおす。
TOでは模型飛行機で地森さんや、藁科さんたちが遊んでいる。
勇さんがトップランアプローチを始めた。
3回ばかり高度処理をしてトップランした。
荒谷山上空には誰も居なくなった。
私もトップランしようと右ボール奥に降りると、まだ結構サーマルがある。
リフトを外しながら、南斜面にアプローチ。
ちょっと高すぎたので、右に振って低めにアプローチし正面斜面にトップラン。

2時間のフライトで、私のパラ美学のトップランで締めくくり!!(当然車を下山させる)

 

古い本家筋の稲垣さんとの不思議な出会い
2月21日に下記のメールを貰った。

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はじめまして、安芸高田市向原町に住んでおります稲垣と申します。
突然ではございますが、神の倉山のパラグライダーフライトの
ホームぺージを拝見させて頂きましてメールを送らせて頂きました。

今年で3回目となります「アートまつりin向原」のイベントを
4月10日(日)に「向原町農村交流館やすらぎ」とやすらぎ裏の河原公園
でアート、クラフト作家さんに参加してもらいましてテントでの販売や
音楽ライブやフード販売などのフェスティバルを開催しようと思っております。

御相談と申しますのは、イベント当日に何分間かやすらぎの上空をパラグライダーで
飛んで頂くことができないでしょうか?というお願いなのですが。

イベントに来られるたくさんの若い家族や子供さん達に自然の中で悠々と
飛ばれているパラグライダーの姿をぜひ見せてあげたいと思っております。

もしよろしければご検討頂きまして御返事いただければ幸いと思っております。

ご参考までに、昨年の「第2回アートまつりin向原」は4月11日(日)に行いまして
「安芸高田の小さなイベントブログ」のブログに掲載しておりますのでご覧下さい。


 向原町戸島 稲垣 (「アートの里風」の代表をしております)

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パラグライダーはお天気次第だし、会場の上を確実に飛べる約束は出来ない。
4月9日10日はPG広島県予選会&XCローカル大会 が計画されている。
そんなわけで選手は高く飛んでいってしまうので、クロカン練習生くらいしか行けない。
地森さんに、モーターパラで飛んでもらうように頼んでみた。
理事会でも議題に取り上げてもらうようにお願いした。


ところで、”稲垣”!!!!
以前、HPにも書いたのだが江戸時代ご先祖が有留に在住していたのだ。
私の親父はご先祖様の事を数十年掛けて調べていたのだ。
下記親父が調べた事の抜粋。

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元和五年浅野長晟公に従い安芸に入国
先祖・・・旗本二百石

初代・・稲垣七郎右衛門
    寛永10年9月浅野長治公が三次へ分限の際
    付け人二百石
四代・・稲垣市左衛門
    正徳五年末 本藩預けとなる
    百石


分家初代 稲垣万右衛門
     柿田屋
     宝暦10年2月15日没
     高田郡有保村有留で農となる

六代・・・稲垣久右衛門 源祐
     天保6年2月13日没

柿田屋から分家し、明治時代の柿岡屋が親父の家系。
親父は次男なので、分家初代だが昭和時代なので屋号は名乗らずである。

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ひょっとして、有留に住んでおられた稲垣さんかと思い電話で話をした。
上記の稲垣万右衛門の直系がこの度メールを呉れた稲垣さんであった。
仕事は広島市内であるが、住まいは向原町である。
町おこしに尽力され、「アートの里風」の代表もされ「第3回アートまつりin向原」
を計画されているのである。
「毎日文化センター」の水墨画講座をもたれているが現在はお休みの様子。
毎週神の倉で飛んでいる限りは、いつかは稲垣の関係者と
出会えるような気がしていたのでは有るが・・・・
HPのお陰でメールを貰う出会いになろうとは・・・・

以前、三菱重工広島製作所で注文を貰い、仕事をさせてもらっていたことがあるが
そこで仕事をされていたとは・・・・
冷圧延、熱圧延の製鉄設備を韓国や中国などに輸出する機械の一部に
シャターを納めさせてもらったのだった。
設計部署は100名以上だったはずなので、打ち合わせでお会いする事はなかったが・・
なんと、世間は狭いものだ!!!

そして、神の倉ではご先祖様に守られて飛んでいるような気がしている。